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Jazzでも聞きながら、まったり御覧ください。




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人にはいろんなパターンがあって、交流の仕方や內容も様々だと思います。

  • 根本から人と交流することが好きで、且つそれを能動的に実施する人
  • 根本から人と交流することは好きなのだけど、受け身で交流の輪に入る人
  • 実はシャイなんだけど、仕事柄等で能動的に交流しないといけない人
  • シャイでありながら、受け身で交流の輪に入る人

もちろんそこには、相手やグループが「好きか嫌いか」というバイアスもかかるのですが、何にしても社会人としては何らかの交流あっての会社生活であり、ある種悲しいかな給料分は仕事をしないといけないのです。

1日24時間のうち、8時間は仕事、8時間は自分の時間、8時間は睡眠が望ましい、と言われることもありますが、総じて8時間で仕事が終わることもなく、またなんだかんだいって8時間も自分の時間が取れるわけもなく、8時間も睡眠が取れるわけでもなく、何らかの形で人との交流というのは一般論として避けて通り難いものです。

交流、というより協調、という側面で考えるとき、一つの形が見えてきます。
エヴァンゲリオンQが公開になりますが、このシリーズの中でも「シンクロ」という言葉が出てきます。
「シンクロする」ということは様々な事象が絡み合い、その結果的に起こる比較的「奇跡」に近いものだと考えています。

  • まず自分がきちんと行動すること
  • 相手もきちんと行動すること
  • 多少の差異を互いがカバーできること
  • きちんと行動し互いをカバーし、一つの目標(target)に向かおうとすること
  • お互いのMotivationがあるということ

が前提であり、
そこには(好き・嫌いは別として)相手へのある種の信頼感が必要です

ある関係において協業するという意味での昨今のCM。



背景にある研ぎ澄まされたマーケティング論や魑魅魍魎な業界構造はちょっと置いておいて、とても微笑ましい協奏です。

私の好きだった映画の一つにBIGという映画があります。この映画でiPad miniのCMと同じ曲が使われています。

子供が魔法でおとなになってしまい、子供の感性で玩具会社でバリバリ働く、という內容。
その中で、偶然に社長と主人公トム・ハンクスが床ピアノで協奏をはじめる、というシーンがあります。



ピュアな主人公の行動に対して、思わずシンクロしてしまった社長。
これも能動的協調の一種かと思います。

ただコミュニケーションはの形も時代とともに変わりつつあり、古き良き日本の「わび・さび」の世界が変わりつつあるようです。

「空気を読む」はナンセンス 日本でも通じなくなってきた「以心伝心」+(1/2ページ) - MSN産経ニュース

日本人のマインドに「以心伝心」がある。言わなくても分かるという文化は、一般社会だけではなく、ビジネスにも通用してきた。仕事は「先輩の背中をみて」覚える。「向こう三軒両隣」と親しく付き合うことで、社会の規範を自然に身につけてきたのである。

 だが、この慣習はいま、自国内での適用さえ難しくなってきた。生活様式や思考パターンの変化、あるいは異なる文化的バックグラウンドを持つ人々の増加が、「以心伝心」の社会を変えようとしている。
              ・・・ 続きを読む




確かに日本という島国のなかで醸成されてきた文化を共有化しているもの同士によるコミュニケーションは、同じ目線・価値観で以心伝心できるものの、経済と企業のグローバル化によって「新しい文化」が流入、及びそこに入り込んでいくにしたがって、明確に主張しないと相手に理解してもらえない社会に変わりつつあります。
そういう社会では「空気を読む」のはむしろナンセンスなのだと。

自己主張は徹底的に行わなければならず、日本人特有の「控えめに」とか「背中を見ろ」とか「わかるでしょ」なんていうコンテキストなコミュニケーションではもう弱い・・というのは、今に始まった話ではありませんが。

確かに日本そのものが、そういう教育に変わってきているのでしょう。
ただ言いたいことだけ言っていても、相手の意見に対して徹底的な反論することや、その結果に対する覚悟も必要であり、その責任まできちんと教育しているのかどうかが疑問です(もちろん親の教育の責任が大ということが前提ですが)

単に「言いたいことをいう」ということだけが先行しても、簡単に論破されるのでは全く建設的ではありません。「話にならない」と議論を放棄するのは自らの敗北を意味しますし、逆に「キレた」場合は収集つかなくなる。結果的に相手方との信頼関係を築けない。


ことさら、相手が自分とは違う文化圏の人であれば尚更。しかしこれからの時代はそういうコミュニケーションが一般化していくことは避けられませんね。

私の好きなドラマにキムタクの「Change」があります。



ちょっと昔のドラマですが、今でもこの主人公の総理大臣である木村拓哉のセリフが大好きで、よく思い出します。

とことん話あうべき。それは「わかりあうため」ではなくて「相手と自分は違うんだ」ということに互いに気付くため。


少なくとも「以心伝心」的精神にすがることなく、文化的背景が異なる相手と堂々と議論するための訓練が必要なのだと思いますが、それだけで自分を抑制し過ぎては、人生殺伐とするし、寂しすぎる。なので、やはりストレスフリーのコミュニケーションができる場所は持っておきたいですね。

SNSという形で昨今様々な形での交流ができるようになりました。私自身はとても人見知りで、プライベートでどんどん交流していくタイプではないのですが、仕事柄そういう訳にもいかないので会社ではガンガン動いているが故に、ほとんどの人から「シャイで人見知り」と言われることはありません。
その反動がプライベートで出る側面もありますが、SNSも上手に「いいな」と思える相手と交流していければ、楽しい時間を過ごすことができます。
これはある種、同じ様な文化的背景を持った(持っているであろうと推測される)人と、離れた場所であっても何らかのコミュニケーションが取れるところに気軽さがあるのかもしれません。

最後にコミュニケーションということで、好きな動画を。



Motivationが、グローバルでハイレベルなコミュニケーションを可能にするという華麗なる一例。
見るだけでワクワクします。こういうコミュニケーション力及びそのための「自分自身」をきちんと持っておくことが重要ですね。

散文的ですが、この辺で。
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2012.11.17 Sat l コミュニケーション l コメント (0) トラックバック (0) l top
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